Playland Staff、76歳

exterior2006-10-26

村上春樹の『ノルウェイの森』には雨の日の百貨店の屋上が登場する。
「雨の屋上には人は一人もいなかった。ペット用品売り場にも店員の姿はなく、売店も、乗物切符売り場もシャッターを閉ざしていた。我々はぐっしょりと濡れた木馬やガーデン・チェアや屋台のあいだを散策した。東京のどまん中にこんなに人気のない荒涼とした場所があるなんて僕には驚きだった。緑は望遠鏡が見たいというので、僕は硬貨を入れてやり、彼女が見ているあいだずっと傘をさしてやっていた。」
先週、ふと思い立っていつも通っている百貨店の屋上に一人で上った。木馬はなかったし、雨も降っていなかったけど、それ以外は本当にそっくりそのまま「ノルウェイの森」だった。パンダのカートは最後に人を乗せてからどれ位時間がたっているのかわからないほど地面と同化していたし、五メートルほどの小さな観覧車は手すりのすぐ脇に追いやられているように見えた。ペットショップもあるし、ガーデンチェアに売店もある。この「屋上の形式」はどうやら各社共通、全国共通のようだ。
今日、映画を見に行く予定だった友人にこの話をしようと考えていたが、彼女の方から同じ百貨店の屋上の話を切り出してきたので驚いた。映画はまた今度ということになり、エレベーターガールの案内で屋上に上がった。先週上ったときも感じたのだが、確かに人気は少ない。でも「荒涼」という感じではない。ペットショップのレジの奥には一応店員の影が見えたし、ベンチで読書している人もいる。しばらく歩いていると、リクルートスーツ姿の女性が携帯で話しながら待ち合わせしているところも遭遇した。お弁当を食べる中年の女性もいたし、壁に向かって漫才の練習をしている二人組もいた。ここが結構いい場所だということに気付いている人は割に多いのかもしれない。
村上春樹はまた別のエッセイの中でも百貨店について書いている。
「最近はそういう機会がないのであまりやらないけれど、昔は雨が降るとよく女の子と二人でデパートの屋上に上った。屋外プールや木馬なんかが雨に濡れて、まわりの風景もぼんやりとかすんでいる。当然のことながら人なんてまずいない。ペット売り場の熱帯魚がいつもと同じように水槽の中を泳ぎまわっているだけである。」
今日ペットショップをのぞいたとき、熱帯魚の数は大幅に減少し、昨日までいたらしい鳩も姿を消していた。観覧車も売店も喫茶店も次々に閉じていくのを見ているうち、好きな場所が追い込まれているのが淋しいのか、追い込まれている淋しい場所が好きなのか、よくわからなくなってきた。