アンド、オア、ノット

exterior2006-07-13

恵那峡、談合坂のSAを経て朝5時到着。夜行バスの醍醐味は息の詰まる車内の閉息感とSAで降りた時の開放感にあると思う。どこのSAに停車するかは便や道路状況によって変わるので、毎回割と新鮮だ。談合坂上りのSAは大きく、空港のようなかなり横長の形態。深夜のSAの周囲は暗闇しかなく、何も見えないので、普通にお土産やサンドイッチやらが販売されているのは、不思議に思える。

「ロビン・ロード」展(資生堂ギャラリー)に行く。スチルにまとめたものも面白かったが、やはり映像がいい。静止画をディゾルブで繋いでいくこの作品は、動いてみえるほどには、各スチルが時間的にも図柄的にも連続しておらず、観ている者の能動的な想像の中でのみ、動いて見える。
今日観た映画『バタリアン4』(エロイ・イルカイェム監督)、映画自体は普通過ぎて逆に穏やかな感じ。エンドロールでのオフショット的な映像が一番面白かったかも。
八重洲ブックセンターはもう少しじっくり探検したかった。
今読んでいる本、神林長平『小指の先の天使』。「なんて清浄な街」は単純に言えばマトリックス的、ニューロマンサー的なサイバーパンクの筋を持った短編。小説内で、現実は仮想空間からみて、メタ空間となるが、システムを構成するプログラムはその時神に喩えられる。面白いのは、仮想空間が成立して、それが仮想であることが忘れ去られつつも、その仮想空間自体が現実との関係を遮断しようとしないところ。今度は逆のベクトルで、仮想空間に存在する意識は現実から見て神となる。どちらの世界から見ても人の意識は神を想定してしまう。

本城直季(『small planet』)の写真を最近頻繁に目にする。新幹線の車窓から外を眺めていてふと思った。彼のつくるイメージはは、写真装置を用いてのみ得られる身体能力の拡張(?)としての写真というのではなく、移動中の自動車や電車の窓からたまに見えてしまう、遠くの人影を中心に視界が静止する瞬間に似ている。この感覚はだれもが持っているものなんだろうか。遠くのマンションの上階の通路をスーパーの袋を持って歩く人とか。